日野市|成績爆上げ!の法則|ほうゆうセミナー

”ふつうの子”の内申と実力を上げるためのあれこれ

努力と涙の先にあるもの




お正月に、韓国のアイドルオーディション番組(universe ticket)を見た。



年末にニュースで、16歳の日本人の女の子が人気No.1であると知ったのがきっかけだ。




見ているうちに目が離せなくなり、そのまま最終回まで見てしまった。


10代の女の子たちが82人から最終的に8人にまで絞られ、デビューが決まる。


ダンスや歌,人気投票で常にランク分けをされ、バトルをくり返す。


バトルに勝っても落とされることがある過酷なオーディションだった。


個人で戦ったり、チームとして闘ったりする中で評価される。




見ていて興味深かったのは、高ランクにいる子たちが必ず勝つわけではないというところだ。




チームで良いポジションにいながらも、思い通りにいかないからと練習を投げ出してしまい、審査員から酷評されて泣いていた女の子もいた。


歌もダンスもとても上手なのにちょっとしたことで投げ出してしまう子を見て、とてももったいなく感じた。


ちゃんと練習していたら、勝ち残れたかもしれないのに。




学習でも、ちょっと学習してよくなったのに、次に点数が取れないとすぐに投げ出してしまうような子がいることを思い出した。




特に印象深かったのは日本人の女の子が、チームの中で目立つポジションに選ばれなかった時に、「今のポジションでも自分のできるだけのことをする」と言い、それを実行している姿だった。


レッスンが終わるとすぐに先生に自分ができていないところをどうしたらいいのかを質問し、くり返し練習することで、1つ1つクリアしていった。




審査では、目立つポジションの人たちよりも、努力の成果が感じられたと褒められていた。



この子は勝ちぬき、デビューを決めることができた。




いつも前向きで積極的にがんばる姿は健気(けなげ)で、見ている側としてもすごく応援したくなった。(これが“推し”ってやつか?)





オーディションに比べて、学習はより長い年月をかけて行うものだ。




だから余計に紆余曲折がある。



常に、できなかったり、わからなかったりすることがあるはずだ。



そういう時にそれを解決するために、自分で調べたり、考えたり、努力することが求められる。




その努力する姿は審査員ではなく、何かきっと誰かが見ている。




オーディションと受験に共通しているのは結果が合格か不合格のいずれかにはっきり分かれるということだ。





オーディションに落ちた子には、「いい経験になった。これからもっとがんばる」という子もいれば、「もっとしっかり練習すればよかった。もっと、努力すればよかった」と泣きながら後悔する子もいた。





どんな場合も、前向きな努力が実力と“運”という名の必然を呼び込むのだと感じた。